深夜、この偉大なる作家の作を読み、眠れなくなった人・・・いますね? |
**2015年12月15日 江戸川乱歩先生のご長男平井隆太郎さん(享年94歳)が亡くなられたとの報がありました。 11月30日にはお先に水木しげる先生が、あちらの世界の住人におなりです。 年の近いお二人、もしや怪綺談などご一緒に語られているでしょうか・・・謹んでご冥福をお祈り申し上げます ** |
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大正期、早稲田大学在学中にエドガー・アラン・ポーや コナン・ドイルを愛読した「平井太郎」青年は、その後 日本国中その名を知らぬ者がいないほどの偉大な作家へと 出世していきます。名探偵明智小五郎や怪人二十面相を生み出した 日本推理小説の草分けともいえる作家の名は、“江戸川乱歩”。 明治27年三重県に生を受けた乱歩は、早稲田大学経済学部に進学。 東京に出て26箇所も転居を繰り返し、終の棲家となりましたのが 豊島区池袋3丁目、当初家賃90円の借家だったこの家です。 |
表札には、平井太郎・平井隆太郎の併記が。これは乱歩先生と 御子息の本名です。門から中を伺いますと、まあ普通の二階家。 それほど大邸宅ではありません。しかし、家を取り巻く木々が 玄関付近を覆い、少しミステリアスな雰囲気がします。 玄関横の南側の部屋が応接室。上右写真のように公開されています。 部屋全体は赤っぽい暖色。応接椅子の青とのコントラストが鮮やか。 乱歩先生ご自身の肖像画やどこか海外から求めたような置物など 当時としては、たいへんおしゃれな部屋であったにちがいない! |
乱歩邸を案内するのに忘れてはならぬのが、この土蔵。 土蔵は、母屋の一番奥につながるところにあります。 先生がこの家を借りるにあたり、この土蔵付きというのが 一番の決め手だったというのですから、中が気になるところです。 当時、乱歩は土蔵の中で執筆をした!と噂になるほどの聖地。 やはり足を踏み入れることはご法度ですが、中が見えるように 工夫がなされていました。・・・・・・すごい蔵書です! 和とじ本から洋書まで、個人でこれだけ所有していたとは、驚愕。 これらをすべて読み込んでできた作品が駄作であるハズがない。 |
偉大な足跡を直に感じ取れる乱歩先生宅 ですが、旧財閥邸宅と比較をしますと、 ペンの才は豪邸を建設するには遠過ぎます。 左は三菱創業家岩崎家の旧邸、右は 明治の元勲陸奥宗光の別邸旧古河邸。 お金持ちになりたいと夢想するあなたは、 名作家になることを目標にしてはいけない。 |
JR線・東武東上線・西武池袋線・地下鉄丸の内線・有楽町線、各線の「池袋駅」下車。 池袋西口改札を出て、立教大学へ。 ( 大学正面斜め先に目印となるフクロウの石像(すごくかわいい!)があります。 石像前をすこし入ったところが、あの有名な土蔵のある乱歩先生の旧宅 ) ** 乱歩先生のご子息が立教大学の関係者だったことから、現在は立教大学の管理下にあります。 貴重な文化財でありますので、あらかじめお宅の公開日などを大学にお問い合わせの上、 お出かけになるとよいでしょう ** |
** 江戸川乱歩邸の先頭へ ** |
小旅行は、いつも幕張本郷駅から始まり、ここへ帰ってきます。 今回は、NHK朝ドラマでたいへん話題となりました 「ゲゲゲの女房」ゆかりの地、漫画家水木しげるご夫妻の お住まいのある調布市へ、小旅行を楽しんで参りました。 |
調布は、新宿から京王線に乗り換え、さらに八王子方面に向かった所 に位置します。しかし本八幡から、都営新宿線の新宿より先に乗り入れて いる電車の利用で、幕張本郷からは、本八幡で乗換えをすれば、その後 調布まで行くことができます。所要時間は片道1時間20分、料金は およそ800円。意外と近く感じました。小旅行にぴったりです♪ ** 調布市も、ゲゲゲの鬼太郎の街を大々アピールしています! ** |
水木作品に登場したこともあります、駅北口の 「天神通り商店街」を散策します。駅前の パルコの先少し右に折れると、天神通り商店街 の文字が・・・思ったより小さい通りで、 見逃してしまいそうです。 |
なぜ、天神通りなんでしょう?・・・・商店街を抜けると、答えがわかりました。 通りの先には、「布多天神社」という割合大きな神社がありました。これで、天神通りですね。 そして、天神様の左隣には国立の「電気通信大学」(天神様のお隣なんて、学業のご利益ありそうです)。 右隣には「大正寺」というこれも割と大きなお寺さんがありました。 確か、水木プロ事務所もこの付近であるように聞いたことがあります。 しかし、ご迷惑をお掛けしてはいけませんので、探索はしないで、このまま天神通り商店街に戻ります。 戻って、周りのご迷惑にならないように気をつけて写真を撮っていると、地元ご近所のおばさんと おぼしき方が「へぇっ、こ〜んな所の写真を撮ってるよ!」と、聞こえよがしに傍らのご亭主に 伝える声が聞こえてきました・・・文句言いの性分が顔に出てしまっているほど残念なご婦人・・・ 出ましたか!!妖怪「不満婆」。数年前、この商店街の鬼太郎オブジェが持ち去られた事件が あったようですが、まさか妖怪「不満婆」の仕業・・・??? 変な勘ぐりはいけませんね。しかし、私たちも地元では、旅人に不快感を与えないよう 気を付けたいものです |
気を取り直して、ロケ地「深大寺」へ・・・・ |
調布駅北口駅前14番バス停より「深大寺」行きに乗って、 本日の旅のメインスポット「深大寺」へ向かいます。(所要30分弱 :片道200円ちょっと前払いです) ここは、ドラマのロケ地であるだけではなく、有名なそば処! おまけに、鬼太郎茶屋という水木プロ公認の茶店&グッズショップ があることで、初詣も兼ねた観光客で、いっぱいです |
深大寺は、奈良時代「満功上人」によって創建された古刹。 境内の至るところに水路や池があり、武蔵野の豊かな水に囲まれて います。良質な水と関東ローム層の黒ぼく土が、そばの栽培に 適していることから、古くからさかんにそばが作られました。 日本橋を起点として、ちょうど7里(28km)。江戸からの参詣で 栄えた17世紀末から、深大寺そばは広く知られるようになりました。 **そば店の雰囲気もとても良く、たいへん和みました** 具志堅用高似のだるま像が、鬼太郎茶屋の向かいのそば店庭に! |
私にとって、この小旅行のメインと言っても過言ではない鬼太郎茶屋は、 参道入り口すぐ左にありました。小さなお店ですが、雰囲気は抜群! 茶屋の裏庭には、妖怪のオブジェもあり、ちょっと夜には何か出そうな・・・・ 2階は、小ギャラリーとなっており、水木先生の貴重な原稿などが見られます。 |
お土産の品に、”ごく旨い”というのは、なかなかにないものですが、 左写真のお土産の左側にあります『雲丹のり』は、美味しかったです。 何でも、水木しげるの故郷、鳥取県境港市から取り寄せをしているとの事。 隣の『鬼太郎どら焼き』も共に、お手ごろ価格です。 |
2010年9月25日(土)、NHKの朝ドラマ”ゲゲゲの女房”は、終了しました。 ドラマ終了後もその余韻で、漫画家「水木しげる」の故郷、鳥取県境港市と、 奥様布枝さんの故郷島根県安来市、そして、水木先生がご家族と長く住んでおられた調布市は、 観光客がまだ訪れることでしょう。 子どもの頃より、また大人になってからも親しんで参りました水木漫画。 その生みの親である水木しげる先生が、2015年11月30日(93歳)、旅立たれました。 あちらの世界は先生にとって、さらに自由で満ち足りた世界でしょう。 人気者の先生ですから、さらなる上のステージに上がっていかれたのにちがいありませんが、 関係者の皆様と同様、ずっとこの世に生きつづけるものと思っていたものですから、 なんだか寂しい気持ちです。 幸いにも、先生は多くの優れたお弟子さんを残してくださいました。これより後は、 先生の思考・志向・嗜好を受け継ぐお弟子さんたちの作品を心のエネルギーに 日々、共感したり学んだりそして何より楽しんで参りたいと思います。 ** 水木先生の功績 ** 1991年 紫綬褒章 2003年 旭日小綬章 2010年 秋 文化功労者 2013年 「水木しげる漫画大全集」刊行 一番スゴイのは、これらの功績を当たり前のようにとらえ、まったく偉ぶることなく ひょうひょうとお過ごしになっていたライフスタイルだといえます。 * * * * * テレビアニメーション「ゲゲゲの鬼太郎」で、41年もの長きにわたり ”目玉のおやじ”の声を担当していた「田の中 勇」さんが、2010年1月13日に ご逝去されています。 昭和が遠くなっていくのは止められません。 ご冥福を心よりお祈りいたします 天神通り・深大寺には水木先生の足跡がいっぱいです。 鳥取までが遠い方は是非とも調布への小旅行をお楽しみください。 ** この調布ページの先頭へ ** |